知財関連コラム

特許実務雑感78

 今回は特許訴訟判決について触れます。2年ほど前、日本製鉄(株)が保有する「無方向性電磁鋼板」(数値範囲を有するパラメータ特許)の特許権について、中国の宝山鋼鉄(製造元)三井物産(販売者)トヨタ自動車(使用者)を相手とり3つの特許侵害訴訟が起こされていました。そのうちのトヨタ社との侵害訴訟が侵害論のみの審理で結審しました。結果は、原告が請求の放棄を行って訴訟を終了したようです。請求の放棄は原告が請求に理由がないことを自認する場合の意思表示です。訴訟経過を見ますと原告は、宝山鋼鉄製の電磁鋼板のサンプルを入手してその数値解析を行なって提訴したようです。これに対して、トヨタ社は宝山鋼鉄製の電磁鋼板を加工して使用するため、加工後の電磁鋼板は磁気特性の異なる別物であるから非侵害との主張を行い、併せて日本製鉄の特許には無効理由があるとの主張を行なったようです。権利内容が電磁鋼板の磁気特性という構造物とは異なる特殊性を有することもあり、権利者側の侵害事実の主張立証が十分にできなかった可能性があります。今回の案件はいわゆる特許独立の原則に基づいて、特許発明品を製造する者、販売する者、使用する者を各々訴えたケースです。通常のケースでは、権利者は競業者はともかく、取引先を訴えることは商慣行上回避するケースが多い中で、思い切った提訴であると見られていました。背景には、中国製の安価な電磁鋼板の類似品により市場を寡占されている実態が垣間見えます。但し、日本製鉄としては、トヨタ社との侵害訴訟は撤退しても、競業者である宝山鋼鉄に対しては徹底的に争うことも考えられますので、今後の訴訟経過を注視する必要があると思われます。

弁理士 平井 善博

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